「みんなでつくる学校」共に成長をたのしむ

 2025年の4月に「みんなでつくる学校」というこれからの聖学院小学校の思いと共に「たまものを生かして」いくことをお話しました。この一年間、普段馴染みのない「たまもの」という言葉を聞いたり、それについて考えていただくことで、多くのこどもたちや保護者のみなさまから学校を支え、共につくりあげていく思いが感じられた2025年度でした。
 そして2年目となる2026年度、この一年も「みんなでつくる学校」の思いは引き続きみなさまと共有したいと思っていますが、今年はそこに「共に成長をたのしむ」という視点も加えたいと考えています。

2つの「たのしい」
 「共に成長をたのしむ」の「たのしい」ということばは一般的には「楽しい」と表記しますが、ときに「愉しい」と書くことがあります。ちょうど「聞く」と「聴く」のように、後者はより質的な意味合いが強いように思われます。調べてみると…一般的に使われる「楽しい」が状況や結果の楽しさを指すのに対し、「愉しい」は自分自身の心の中からの喜びや、創造的で能動的な楽しさを表現する際に使い分けられることがあります…と出てきました。
 このことからも、普段から使っている「たのしい」ということばは、いっときの感情を表す意味から質的に深い思いまでを示す広い意味を持つことばであることがわかります。ここではそれらすべて含めた広い意味で考えたいと思います。

苦しさを超えた「たのしさ」
 テレビでマラソンを見ていると、ひとりの選手が一位で独走している場面をよく見ます。そして多くの場合、その選手の表情には余裕があります。それとは対照的に後続の選手は悲壮な表情で倒れ込むようにゴールをするという場面を見ることがあります。自分の体調やメンタルすべてがうまく噛み合ったとき、人は体力的には限界を超えて苦しいはずのところを、一見反対の感情である「たのしさ」を感じながら誰よりも集中することができるようです。そしてその「たのしい」感情はしっかりと結果を生むことにつながる力を持っていることがわかります。

身近な活動にある「たのしさ」
  前述のようなトップアスリートでなくても、実際に学校のクラブや地域のチームなどでスポーツをしたことがある人は思い出していただきたいのですが、その活動のほとんどは基礎的な運動やきびしい練習の繰り返しです。それでもやめずにそのスポーツを続けられるのは、試合のドキドキやなかまと一緒になしとげる達成感、そしてそもそもそのスポーツが好きで大変な練習も含めて「楽しい」と感じられるからです。これはスポーツだけではなく、楽器やさまざまな活動すべてに言えることです。「たのしい」はものごとを継続し、深めることができる大切な力があるように思います。

「努力する者が楽しむ者に勝てるワケがない」
 あるプロ野球選手が自身の野球について語る中でこのようなことばを引用していました。これはある漫画にある有名なセリフだそうです。「努力することが目的ではなく、それを楽しむことこそ最強なのだ」ということでしょうか。
 「たのしい」というキーワードはこのようになにかを極めるときでも使われています。それだけ力を持ったことばであるということが伝わってきます。

「たのしい」の先にあるもの
  いろいろな「たのしい」について書いてきましたが、それだけわたしたちにとって大切な視点であることがわかります。そして「たのしい」は終点ではなく、その先にあるものへの入り口のようにも思います。
 神さまは、わたしたちの「たまもの」を生かして何かを一生懸命がんばるとき、「たのしい」という心地よい思いを感じるようにつくってくださいました。この気持ちの先にあるものは、これまでの自分を超えることができた「成長」というプレゼントです。こどもはもちろん、大人であっても成長を実感できたときの達成感や充実感は、次へのがんばりにもつながる大きな喜びです。

 2026年が始まりました。今年も神さまから一人ひとりにいただいているかけがえのない「たまもの」を生かすことができる一年でありますように。そしていつでも、どんなことにも「たのしい」喜びの気持ちを持ち、その「成長」を共に喜ぶことができる聖学院小学校であるようにと願っています。

校長 田村 一秋 
(学校だより けやき第566号 2026年4月7日発行)