学ぶ愉(たの)しみを生む体験

 分からなかったことが理解できた時、できなかったことができた時、子どもたちの瞳は輝き、喜びに満ちあふれます。自信に満ちた満面の笑顔を見る時、その場に居合わせた教師も本当に幸せな気持ちになります。そんな様子を見ることができた時、私はいつも、中学生の頃に観た舞台を思い出します。俳優の大竹しのぶさんがサリバン先生を演じていた「奇跡の人」という舞台です。サリバン先生が乗り移ったかのような大竹しのぶさんの迫真の演技に圧倒され、サリバン先生は本物の先生だと感じました。
 幼い時の病で視覚と聴覚を失い、話すこともできなくなったヘレン・ケラー。彼女は6歳の頃、物に名前があることや、自分の気持ちを表す方法がわからず、かんしゃくを起こしてばかりいました。けれどもサリバン先生と出会い、井戸から流れ出るものが水であることがわかった体験を皮切りに急成長を遂げます。その後大学で学び、博士号も手にし、障がいを持つ人々や女性参政権、労働者の権利、世界平和のために運動を起こすまでになります。井戸でのこの感動的なシーンは有名ですので、伝記で読まれた方も多いのではないでしょうか。
 「だれかが水を汲みあげていましたので、先生は樋口の下へ私の手をおいて、冷たい水が私の片手の上を勢いよく流れている間に、別の手に初めはゆっくりと、次には迅速に『water』という語を、つづられました。私は身動きもせず立ったままで、全身の注意を先生の指の運動にそそいでいました。ところが突然私は、何かしら忘れていたものを思い出すような、あるいはよみがえってこようとする思想のおののきといった一種の神秘な自覚を感じました。この時初めて私は『w-a-t-e-r』はいま自分の片手の上を流れているふしぎな冷たい物の名であることを知りました。この生きた一言が、私の魂を目ざまし、それに光と希望と喜びを与え、私の魂を解放することになったのです。」(「わたしの生涯」ヘレン・ケラー 岩橋武夫訳 角川文庫)
 自分の手に流れ込んでくるものが「水」という言葉が表すものであることをまさに《体験》したとき、ヘレン・ケラーは、学ぶ喜びと愉しみを知ったのだと思います。だからこそ、この日はこの後、30個もの言葉を意味ある言葉として覚えることができたのではないでしょうか。ヘレン・ケラーはこの日、本当の意味で覚えたこれらの言葉を「アロンの花咲く杖」だと表現しています。
 アロンの杖は、アーモンドの木でできていましたが、杖は本来、生木ではなく乾燥させた木で作るので、芽吹いたり、花が咲いたり実がなることはありません。生きているアーモンドの木ですら、1年に1度しか花が咲くことがありません。ところが、聖書には「明くる日、モーセが掟の幕屋に入って行き、見ると、レビの家のアロンの杖が芽吹き、つぼみを付け、花を咲かせ、アーモンドの実を結んでいた。」(民数記17章23節)とあり、1日で杖に花が咲いたことが記されています。神様がイスラエルを導く祭司としてアロンを選んだ際に起きた奇跡の物語です。
 ヘレン・ケラーは、枯れているアロンの杖に花が咲いたように、自分の住んでいた真っ暗闇で混沌とした世界に、生きた言葉が花を咲かせてくれたと感じたのだと思います。
 4月29日(水)から5月6日(水)まで大型連休です。5月からの授業や行事、宿泊行事、委員会、クラブ、その他あらゆる学校生活の中で、学ぶ愉しみを生み出すような生きた体験を子どもたちができるよう、しっかり準備していきたいと思います。ご家庭でも、4月から頑張ってきた子どもたちが心身を休めつつ、学校の中ではできない体験ができるようお支えいただけたら幸いです。
 子どもたちが「アロンの花咲く杖」を手に入れられるように、周りにいる大人である私たちが子どもたちにしっかりと向き合っていきたいと思います。


教頭 相浦 智
(学校だより けやき 第567号2026年4月24日発行)