「キリストの香りを放つ」

聖学院小学校では毎年6月に花の日礼拝をおささげしています。教会における子どもの日という位置付けで、今から170年前のアメリカのマサチューセッツの教会で始まったとされています。子どもたちの心身の健やかな成長を願い、また祝福を祈る子ども祝福式を礼拝の中で執り行う教会もあります。聖学院小学校では今年度も宗教委員会の児童が代表して、感謝の気持ちを込めてカードを準備し、お花を届けました。

改めて感謝を伝えるというのは、気恥ずかしいものです。照れ隠しではにかみながらカードとお花を渡す児童や、きちんとお渡しする方の目を見てはきはきと話す児童もいました。すると手作りのカードを見て、何度も「ありがとう」と言ってくださいます。続けてお花をお渡しすると、もっと嬉しそうな表情をしてくださいました。その様子を見た子どもたちも、自然と笑顔になっていました。カードもお花も、送る相手に心から喜んでもらえる大切なプレゼントです。しかし、何より嬉しいのは、そのプレゼントを準備して持ってきてくれた子どもたちの心遣いではないかと思います。

相手に喜んでもらうこと、嬉しい気持ちになってもらうこと、自分ではなく他者のために愛を行うことを教会では「キリストの香りを放つ」と表現することがあります。さらに、私たちは時に愛を行わずとも、この芳しい香りを放つことができます。それは何もしなくても、そこにあるだけで私たちの心を穏やかにし、明るい気持ちにさせてくれる花と同じです。子どもたちには、そんな花のような人になってほしいとの願いを礼拝の中で伝えました。一緒にいるだけでそれが慰めになる、元気を分けてもらえる、それがキリストの香りなのです。

この香りは自分たちの努力で身に付くものでもありますが、すでに私たちが生まれながらに持っているものでもあります。それが良心です。良心から生まれる行動には、打算のない、ただ相手のためになりたいという気持ちがこもっています。私たちの心は、打算や利己的な考え方には敏感に気付くものです。それは察しが良くて気付くというより、むしろその計算高さは自分も覚えがある、という共感から相手の抜け目なさを察してしまうのです。そうした態度や限度のことを鼻につくと表現します。これはキリストの香りではありません。

心から他者の幸せや祝福を祈ること。それが私たちの目指すべき大切な生き方です。芳しい香りに囲まれながら、愛にあふれた交わりを共に築いていきたいと願っております。

チャプレン 菊地 信行 
(学校だより けやき第569号 2026年6月26日発行)